東アジアの美術ダイアログ:「縁起」と創造
アートフェアアジア福岡 Art Fair Asia Fukuoka Talk events
東アジアの美術ダイアログ:「縁起」と創造
2023年9月24日 午後1:30~2:30 Venue: 福岡マリンメッセ福岡B館
山本: ラオさんの活動、作品は今抽象的なレベルにとどまっているような気がしますが、それがいい悪いではなくて、また先ほど、無限とおっしゃっていましたが、ラオさんの活動や作品の中で、無限は関係ありますか。
ラオ: 私たちがいる世界は表象世界であり、表象作用によって構成されています。カントの言葉では「現象界」と呼ばれています。表象作用とは、例えば近代意識構造などが該当します。芸術作品も表象作用の下にある概念化された対象として理解されています。
「無限」とは表象世界を越えた境地であり、真の芸術は私たちを表象世界から連れ出し、「外部」世界を垣間見ることを可能にすると思います。私の活動は、感応がありながら、能動的な働きかけで有形化することになります。
私の平面作品から紹介します。作品の源は自然現象との邂逅であり、私は「縁起」と呼んでいます。こういった水気があがる瞬間において、此方と彼方という相反する概念が消え去り、自分がいる場こそが虚像となり、あるいは自分も虚像の一部となります。自然現象である霧、雪の「余白」の流動によって、虚実両方とも成り立つ瞬間、心から遠くまで「無限」に思いを馳せます。
山本: それはすごく面白いと思います。プランを決めずに、縁起や偶然性のようなものに身を委ねていくことは、ラオさんの制作プロセスの中で、重要な要素になっていると思います。
山本: 僕はコロナ禍の際に、エコロジーについて考えていました。
東アジアというものは、地域的にはある程度確定できるけれども、僕は現実には実体を持たないものだと思っています。そういった東洋と言われる地域の中で発達した考え、つまり、二元論というものを作らない、主体と客体をはっきりと規定しない思想が、どういうエコロジカルな可能性を持つかということを考えました。
自然科学は、自然を客体とすることで科学的合理性の対象とし、実験をして、自然を改変可能なものとして、どんどん搾取してきた側面があります。ベーコンなどは、実験というのは自然を拷問にかけて真実を吐かせることだと言っていました。
当時は、人間にとって、自然のスケールはあまりに大きかったので、自然を無限なものとして、どんどん搾取した結果、様々な問題が起こっています。これを考えた時に、そういった二項対立ではない思想から出てきている絵画や平面作品が、見る人にとって、何か新しい、ある種のエコロジカルの思想が入ってくるきっかけになるような感覚で僕は捉えていたんです。
法然院方丈庭園 2021
SEASON LAO | Dimension variable | Gallery Garage KG+ 2022
ラオ: コロナ禍は、世界規模で今までの人間活動に打撃を与えました。逆説的に言えば、人間と自然の関係性を見直すきっかけでもあると思います。
当時、京都に拠点を構えた私は文化財寺院で、自然現象に感応した着想から、ある実験をしました。仏教の浄土思想を象徴する庭で、此岸と彼岸の間に白霧が生じる、《可視・不可視》インスタレーションでした。人間と物象の位相にある主体/客体、外部性/内面性との境界を越えることを試みました。
そういった主客未分の状態を、私は「容中律」と呼ぶのも相応しいと思います。このインスタレーションは最初に山本さんが東洋的に感じるとおっしゃった《虚室・生白》の原型とも言えます。東洋思想では「天人合一」の言葉がありますが、人間と自然はお互いに含まれるという考えです。
山本: 主体と客体がはっきりと分かれてない状態のことを指して、自然というものの経験は、西田幾多郎が本来的には純粋経験だと言ってたのを今思い出しました。ラオさんが霧、雪の中で経験したことは確かに、純粋経験だと思いました。
今のお話からは二項対立的なものを解体していく、二項対立に囚われない思想はラオさんの制作で重要な要素に感じます。また鑑賞者、いわゆる主体的なものが作品の一部になることは、主体と客体、エコロジーの提供で重要なことだと思います。
山本浩貴(やまもと・ひろき) 文化研究者。1986年千葉県生まれ。実践女子大学文学部美学美術史学科准教授。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学にて修士号・博士号取得。2013〜2018年、ロンドン芸術大学トランスナショナルアート研究センター博士研究員。韓国・光州のアジアカルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラルフェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教、金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻講師を経て、2024年より現職。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社 、2019)、『レイシズムを考える』(共著、共和国、2021)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022)、『この国(近代日本)の芸術――〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』(小田原のどかとの共編著、月曜社、2023) など。
シーズン•ラオ(Season Lao) 現代美術家。1987年マカオ生まれ、マカオ理工大学卒業、京都拠点。2009年映像作品が反響を呼び、取り壊される予定の生家を含む歴史的建造物群が再評価・保持され、芸術活動の契機となった。2009年から北海道を拠点とし、自然現象の「虚実相生」から着想を得て、「縁起」を洞察し、雪、霧から生じる余白を取材した平面作品を国内外で発表。2020年から京都にも拠点を構え、コロナ禍においては、浄土寺院などで「容中律」を具現化し、人間と物象の間にある外部性と内面性の境界を超越するインスタレーションを展開。2023年、ニース国立東洋美術館の25周年において半年間の個展開催。
パブリックコレクション: マカオ芸術博物館、ニース国立東洋美術館、セルヌスキ美術館(パリ)、おおさか創造千島財団、ザ・リッツ・カールトン福岡、雪ニセコなど
Ink on string 980×270 cm Daimyo garden city | The Ritz-Carlton Fukuoka collection – Entrance
福岡大名ガーデンシティ1階(ザ・リッツ・カールトン入口)に設置した作品
artwork collected by Asian Art Museum in Nice, France (Permanent exhibition) ニース国立東洋美術館コレクション (常設)
Dimension variable | rondins, logs, video Creative Center Ōsaka – Heritage of Industrial Modernisation| 近代化産業遺産 2023
おおさか創造千島財団 コレクション
France, English, Chinese, Japanese | ISBN : 9784865283815
Musée départemental des arts asiatiques
Adrien Bossard, Noritaka Tange, Hsin-Tien Liao, Koju Takahashi
Musée Guimet | Musée Cernuschi | The Metropolitan Museum of Art | 国立新美術館 | Princeton University
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